いつ殺されるか分からない状況にある。拉致をされ、死を覚悟した日から、もう何日も経っていた。軟禁した人物がずぼらなため、家内にカレンダーは見当たらなく、正確な日にちはわからない。だが、少なくともこの家で十回は朝を迎えただろう。
 初めは常に何かしらの覚悟はしていたが、今は違和感しかない穏やかな生活を送っている。強制されることもほぼ無く、強いて言えば毎食何か手料理を作れ、と言われたこと位だった。
 どうして殺さずにこうして共生させられるのか。考えても理由が思い当たらない。奴が知的な作戦を練れる訳もないし、嫌がらせであれば、先に音を上げるのは間違いなく向こうだ。必然的に答えは限られていく訳だが、どうしてもそれは肯定し難いものがある。よりによって、嫌い同士な俺とシズちゃんが、だ。
 明日。あいつは俺に、絶対にここに居ろ、と言った。思えば、何時でもこの家からは出られる状態にあることを思い出す。出なかったのは俺の勝手だ。理由は自分でもはっきりしていない。知る必要もない。
 とにかく、俺がこの家に滞在するよう念を押したということは、明日あいつが行動を起こすということだ。軟禁生活約二十日目に、答え合わせがやってくる。



 シズちゃんは俺に、ここに留まれと強要した割には、何もしてこなかった。殺しもしないし、嫌味も言わない。普段と変わらず、俺が食事を作り、向かい合い、黙って食べるだけだ。顔色を窺ってみたり、行動を観察してみたりするが、いつもと変わり映えない。
 俺から何か話を振るべきなのだろうか。特に何も話題が浮かばない。そういえば、ここに来てから俺は自分から話を振ることがなかった。考えれば考える程話題は思い付かず、率直に疑問を投げかける以外に何も無くなってしまう。
「殺さないの」
 さり気無く、なるべく普段通りに。俺から何か声を出す行為自体が不自然だというのに、それは難しいことで、互いの箸を動かす手が止まる。
「殺して欲しいのか」
 つい二十日近く前までは、殺してやりたいと答えている筈なのに、それをしなかった。不信感が募る一方だが、危険は微塵にも感じない。怒りを隠すような口ぶりでもなければ怒っているわけでもなく、純粋に、柔らかな口調だった。
「……なら、どうして軟禁するの」
「……」
「……」
 途端に訪れる静けさに、心拍数が上昇する。喧嘩している以外では大人しい男だとは思っていたが、落差があり過ぎだ。
 返される答えに不安や恐れがある訳では、断じてない。そう思いたい。
「結婚、して欲しい」
「は?」
 自分の耳を疑い、咄嗟に伏せている顔を上げた。シズちゃんは目を伏せたままだ。顔色一つ変わっていない。
「結婚してくれ」
 伏せられた目が前を向いたと思えば、枯茶色の瞳と見つめ合う。濁りは無い。その瞳に映っている自分の顔は、何とも言えない顔をしていた。
「君は俺が嫌いだろう」
「好きだ」
 息を吸う音が聞こえる。こいつは何を緊張しているんだ、と思ったのだが、それは自分から発した音だった。シズちゃんの口元が動いていないのが、何よりの証拠だ。そして、自分の鼓動が速く動いていることも。
「……そう」
 ありふれた会話の、ありふれた返事以外に仕様がない。こんなにも率直な言葉で、しかも愛を伝えられるのは、今までにあっただろうか。経験のない俺に、反応する術は全く無い。
「愛してる」
「へぇ」
 まるで他人事だ。
 迫る視線を居心地悪く感じながら避ける。少しでも前を見れば、枯茶色の瞳がそこにはあった。とてもではないが、見つめ合うことが出来ない。こんな告白にも、自分にも。
 何にせよ、これに対する答えは口から出ず、苦し紛れに水を飲むしかない。
「お前は」
 とうとう聞かれたくない事が彼の口から意図も容易く零れた。目を逸らした先には、冷めたハンバーグがある。シズちゃんの好物の一つだ。見掛けにそぐわず子ども舌のシズちゃんは、いつもだったらこんな話よりも、好物に執着しているのに。
 答えの一つも出せずにうろたえていると、また問いが聞こえた。
「お前は」
 心拍数がどんどん上がる。このままでは死んでしまいそうだ。
 上手い返事を思い付けないが、俺には少し遠回りな言い方しかどうしても思い浮かばない。そうでなければ、彼に対する想いを受け入れてしまったようで、耐えがたかった。
「死んでも、いいよ」
 シズちゃんの顔が近づく。瞬きをすればその間にも間は詰められ、遂には鼻の先が付くほどだった。反射的に目を閉じると、唇に、少しかさついた柔らかい感触が触れる。
 唇からは、仄かに煙草の匂いがした。


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